「黒帯になって」
斉藤敦史初段
自分は、黒帯になる前はあまり黒帯について考えたことがありませんでした。ましてや自分が、黒帯になるなんて入門してから、茶色帯になるまであまり考えたことがありませんでした。
そして、昇段審査が近づいて来て、自分は、最初受けようか、なやんでいました。そんな時先生から、受けてみないかといわれました。さらに、自分の他にも受ける人がいたのでよかったです。一人だったらもっとなやんでいたと思います。そして受ける決心がつき、稽古を頑張りました。だが、自分は最初黒帯になるにはほど遠い所にいました。そんな時助けてくださったのは先生、先輩、回りのみんなでした。全然ダメな自分に稽古の時アドバイスをしてもらい、さらに稽古が終わった後などに練習を見てもらい、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。そして頑張れというたくさんの言葉がなかったら頑張れなかったと思います。

そして、来るべき昇段審査の日、九月十五日晴れ久喜の総合体育館で行われました。不安は少しありましたが、審査が始まりました。そして気合いを入れました。基本が終わり、少し自信のあった棒跳びが始まりました。だが最後まで出来ず、さらに逆立ちも失敗してしまい、残念でした。でも前日まで胸がつかなかった開脚が出来て、努力してよかったと思いました。たとえ一の努力は小さいけれど十の努力百の努力をすれば、その分だけ努力は実ると思いました。そして一番つらかったのは十人組手です。型で注意された自分には、組手でばんかいするしかなかったからです。
そして、全てが終わり、後は審査の結果を待つだけとなりました。そして名前が呼ばれ、一緒に審査を受けた七人全員が合格と言われうれしかったです。その後にもたくさんの方におめでとうと声をかけて頂きその言葉が素直にうれしかったです。
黒帯になれたのも見山先生を始めとする、たくさんの先生方のご指導、そして空手を続けられるようにサポートしてくれた、お父さん、お母さん、そしてたくさんのアドバイスをくれた先輩、さらに、一緒に汗を流した仲間友達ライバルがいたからだと思います。これからもこの感謝の気持ちを忘れずに、黒帯として頑張っていきたいと思います。押忍














