昇段レポート
蓮田支部 栗原敦
入門して最初に教えて頂いた「押忍」の精神『尊敬・感謝・忍耐』の意味を、昇段を許された今、これまでのいろいろなことを思い返しながら噛み締めています。
自分が極真空手を学ばせて頂く事になったのは平成十五年六月、三十八歳のときでした。そのときの自分は体格的には恵まれていたものの長年の運動不足で二十代の頃に比べて体力も落ち柔軟性もなく、今にして思えば相当ハードルを下げて頂いた稽古にもついて行く事がやっとという有様でしたが、見山師範代の「最初から出来ないのは当たり前。こつこつやれば誰でも出来るようになる。」という力強い言葉を信じ、これまで稽古を重ねてきました。しかし空手道の稽古はまさに薄紙を重ねるがごとくの作業で、怪我の多い自分は一進一退の繰り返しでした。そんなときも「右がだめなら左、手がだめでも下半身の鍛錬は出来る」との助言を頂き、少しずつでしたが体力、技術ともに向上させていくことが出来ました。

稽古を重ねて三年が経った四十一歳の夏、見山師範代から昇段審査受審のお許しを頂きましたが自信が無く即答することが出来ませんでした。しかしせっかく頂いたチャンスなのだから結果はどうあれ挑戦させて頂こうと決心し、数日たった後受審させて頂く旨のご返答をしました。その時は審査受審も結果の合否も自分個人の問題と考えていたのですが、道場の先輩方・仲間達に伝わるや多くの激励を頂き、また審査会が近づくにつれて周囲の期待が痛いほど伝わってきて、膨らみ続けるプレッシャーで押し潰されそうになりました。そして審査会が目前に迫り、稽古・自主練習にかかわらず多大なる時間を自分の為に割いて頂くに至り、とても自分個人の問題では済まされない・・・と悟った時ピークに達し、その緊張が審査会当日まで続いたのです。しかし当日の朝、改めて激励の一言一言、ひっきりなし届くメールの一行一行を何度も噛み締めるうちに「一緒に闘ってくれている!」という事に気付かされ、熱いものがこみ上げて来ると同時にそれまで感じていた大きなプレッシャーがすべて大きな力に変わっていくのを感じました。そして審査会場までわざわざ応援に駆けつけてくれた多くの先輩方・仲間達の声援に支えられ、審査最後の連続組手では現状自分の持てる力のすべてを出し切ることが出来たと思っています。 審査会から数日が過ぎ興奮も冷めて思うことは、帯は頂けても実力は努力によって身に付けるしかないと言う当たり前のことです。これからも慢心せず基本・型・組手のみならず武器術等においても稽古を重ね、皆さんから頂いたご厚意に一日も早く報いることが出来るよう努力を怠らないことを肝に銘じております。
最後に、審査対策として組手技術面を集中的にご指導下さり、また連続組手で思い出に残る一撃を加えて頂いた山口先生・平井先生・阪本先生・勇汰先輩、そして型や基本面で細かく丁寧なご指導をして下さった小林先生、熱い応援・激励を下さった蓮田道場の諸先輩方と仲間達、少年部保護者の方々に心からお礼申し上げます。そして、すべての環境を整えて下さり、不器用な自分をここまで引き上げて下さった見山師範代と、同じ道場で一緒に空手を学びながらすべての面で温かくも力強く支えてくれた妻と娘に最大の感謝を表したいと思います。押忍














